私んちの婚約者
カイ兄は遠慮なくずかずかと家に入って、これまた遠慮なくドカッとソファに腰を下ろした。その様子は確かにこの家の中を知っている、って感じだ。

マキはめちゃくちゃニヤニヤしながら、『私はお邪魔ですね~』と帰っていった。

「マキ!見捨てないで!」って言った私に、

「明日、報告ね?」

と悪魔の微笑みを残して。

カイ兄はこの家の住人放ったらかしでくつろぎまくっている。
あの図々しい人を誰か止めて下さい。今からでも遅くない、そうだ、通報しよう。
『そうだ、京都へ行こう』的なノリで脳内梓が囁いて、私は携帯を取り出す。

しかし彼は私を見て『こっちへこい』のつもりか、ひらひらと手を振った。

「梓、ギムレット飲みたい。それかウイスキー・コブラー」

は?何それ。

「そんなんいれられません」

「教えてやったろ」

ちょい悪どころか極悪な叔父さんは、私に向かってカクテルをシェイクする手つきをしてみせた。

はああ?

「いつのハナシよっ」

「15年前」

サラッと言ったカイ兄に、私は目を剥いた。

「は!?15年前って私五歳だよ?」

「お前出来たもん」

できるかそんなもん!!カル○スだってロクに作れんわ!!
そして五歳児に酒の作り方なんて教えるな!!

だけどカイ兄は真顔だ。

待って。


「私がカイ兄に最後に会ったのは、15年前、なの?」



その頃の私、記憶がない。

小さいころだから、当然かもしれないけど。
でも幼稚園の年少、年中、小学校一年生は覚えてるのに、年長さんのときの記憶が一切ないんだ。
これって、変だよね。

ママが亡くなった頃だから、ショックで忘れたんだろうって周りは言った。
だから私もそうだと思った。

(あ……)

思い出そうとすると、不安になる。
足元が、揺れる。
ダメだよ、って、誰かに言われているような。
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