私んちの婚約者
しかし居酒屋に居た割に、あまり酔った様子じゃない愁也。
一人じゃなかっただろうに、帰っちゃって良かったのかな?


「シューヤさんは、何でここに居たの?」

首を傾げて聞いたら、冷たい視線が私に向かって来た。


うう、怖い。


「俺は奥の個室で接待だったの。
そうしたら、馬鹿騒ぎしてる学生らの中にあんたが居たから」

苦々しく言われた言葉。


「出てきて良かったの?仕事だったのに?」

私が聞くと、彼が舌打ちして答えた。

「他の奴らに任せてきた。社長令嬢を放っておけないだろ。
あんなボケッとしてたら、すぐアホな男にお持ち帰りされるぞ」


それはあの水樹君のことでしょうか。だろうな。


「……ごめんね」


気が付いたら、口から出ていた謝罪。

申し訳ないな、と思って。

だって日頃あの道楽オヤジにこき使われてるに違いないんだよ。
なのに、娘の私まで仕事を邪魔しちゃった、って思ったら、ねえ。

私が素直に謝れるなんて、きっと酔ってるせいだ。


私の言葉に彼は何か言いかけて、けれどやめてしまう。
けれどさっきまでの冷たい視線は和らいだ。


なんだろ。


そうだ、酔ってるついでに、聞いちゃおう。


「ね~、なんで婚約なんてしたのぉ?
社長に逆らえないから?」


愁也は黙ったまま、私を抱えてタクシーに乗り込む。


「……わたしのことなんか、キライなくせに」


口から出た言葉に、自分で驚いた。


まるで、拗ねてるみたいじゃないか。

やっぱり酔ってるな、私。
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