愛されオーラに包まれて
『桐生さん、大丈夫ですか?』

隣の石井から声を掛けられた。

「俺、変だった?」
『ええ。遠くを見る目でしたよ。仕方ないですよね。そろそろ異動の内示ですから。僕、去年経験して、この時期は苦手になりました』
「何で?」
『新たな仲間が増えるのかも知れませんけど、僕にとっては、仲間が去る辛さの方が大きいので』

"桐生さん、1番に大木出版販売スズキさんからお電話です"

「はい」

石井の言うことは至極ごもっともだと思いながら、電話を受けた。

その日の夜は、当然家で今回の話が話題になる。
出会った頃より、格段に腕を上げた遥香の料理は、バランス良く、何より味付けが丁度いい。

自分も仕事をしているのに、こんな食卓を囲ませてくれる遥香には、毎日感謝だ。

『私、秘書だって。笑っちゃうよね』

遥香は本当に"アハハ"と笑いながら俺に麦茶を汲んで渡した。

「大丈夫か?」
『うん、不安がないって言えばうそになるけど。だって私、秘書の勉強なんてしたことないしね』

"でもさ"と、遥香は続ける。
< 306 / 345 >

この作品をシェア

pagetop