すきなひと。
「おー、覗き見か?」
そう言われ、バッと声がした方に顔を向ける。
「…や、今来たところですけど?」
平然を装い、あたしはそう答える。
「ほー。偶然ってのはあるもんなんだな。で、何の用?」
「別に…ちょっと用事があって」
「用事?」
“景色を見に来た”なんて言っても逆に怪しいかなと思って、あたしは言葉を濁した。
「まぁ…。あの、校内に入っていいのは学校関係者だけですよ?」
見た目からして、あたしとあんまり変わらない感じ。
軽く遊ばせた髪に黒ブチ眼鏡して、不敵な笑顔。
そしてスーツはおろしたてみたいで、そんな笑顔とはまるで合ってない。
むしろ、制服の方がしっくりくるんじゃないかって思った。
「言うね〜。俺は、高岡 悠平。担当は数学。今年から非常勤講師だから、宜しくな」
「え?!先生!?」
「なに、その反応は。じゃあ何に見えたんだよ」
「新入生のお兄ちゃんとかそんなんやと・・・」
「ほー」
ジロっと見られ、あたしは焦りながらちょっと頭を下げて、自己紹介をしようとした。
「えっと…あたしは」
「あー。お前のこと、知ってっから大丈夫」
「え?」
あたしがビックリした顔をすると、高岡先生はニッといたずらっ子みたいな笑顔を見せた。
始業式のときと同じように心臓が跳ねる。
「じゃな。また明日」
それだけ言い、階段を一段下りて「あ、そーだ」と何かを思い出したように立ち止まる。
「始業式は真面目に受けましょーね、吉純さん」
またニッと笑って、手をひらひらと振りながら階段を下りてった。
ドクドクとうるさい心臓を押さえながら動けなくて。
「あの人やったんや…」
思わずつぶやき、あたしは階段の方を見つめる。
体育館の反対側の出入口から汰希があたしの名前を呼びながら近付いてくるのにも、反応出来なかった。
「こあー!!さっきの子な、水沢…って心愛、顔赤っ!」
汰希の一言であたしは顔を隠す。
何があったのか、もちろん知らない汰希は、一人で焦ってた。