学園物語

怜編

「ちょっとー!!聞いてるの?!」
どこか上の空だった思考を戻したのは、よく知る少女の声。
意識を取り戻してみれば、これでもかと顔を近づけ少年を鬼の如く睨みつけていた。彼らの距離は推定5cmもない。
そんな距離では落ち着く訳もなく、少年はゆっくりと手で押し戻し素直に謝った。
少女の言うとおり、途中からまったく聞いていなかったのだ。いや、意識が手放されたのだ。
「ごめん、ってあれ。俺が謝る側?おかしくないッすか?」
「なにが?」
自分が何か悪い事でもしましたか?と相手を怯ませる事のみを重点においた声音で脅す。
その声色に少年は一瞬顔が引きつりつつも、負けじと目線を逸らさずに立ち向かった。
自室で宿題をしていたところを邪魔され、なお且つ意味もわからず脅されている少年は妃月怜(ひつき れい)。今年高校受験を控えた学生だ。
そしてその怜の前で仁王立ちをし、頬をカエルのように膨らませて怒りを露わにしているのは、少年の従兄妹のあゆ美。
私立の女子中学校の制服が可愛いという理由ととある事情だけで受験し、実家から遠いという事実に後から気付き怜の家に居候すると言いだしたハチャメチャ娘である。
「ったく。だからあんたがトロイだのヘタレだの使えないとか言われんの!」
「使えないはあゆ美だけだろ?!」
「口答えしない!!」
噛み殺すわよと恐ろしいが実際にやりかねない言葉で脅すあゆ美が、怜には本物の野獣に見えた。
しかし、言ったが人生の終わり。墓場までの秘密にしようと怜は心に決めた。
その瞬間頭頂部に鈍い痛みが走る。何事かと痛みを感じた部分を見上げると、あゆ美の手に握られた英和辞書(ジー○○ス)の角が綺麗に当たっていた。
「イタッ…何す」
「顔と声と態度に出てんのよ!!」
何かがおかしい気がする。怜は訴えようと試みるも痛みのせいで上手く言葉が出ず、ただこれ以上あゆ美の逆鱗に触れないよう痛みのする頭をさすりながら、うっすら浮かぶ涙を拭い椅子に座り直した。
少しコブが出来ているようだ。
「で、どこまで聞いてたの?」
「入学試験は明日って所ま…で…ってやっぱおかしいッすよ!!」
「なにが?!」
「何がって…初めからおかしいだろ?!俺まだ入学先決めてもない」
「あゆ美が決めた。」
「いやいやいや!なんでッすか?!」
「おばちゃまと学校の話してたら盛り上がって。そしたら進学の話しになって、怜の成績とか剣道の腕って意外にいいよねぇーってなって、色々考えてー…よくね?みたいな」
「・・・物凄くリアルに思い浮かぶよ、その光景。」
怜にはハッキリと見えていた。女二人でおかきを食べながら談笑し、昔のアルバムなんかも引っ張り出しておかずにして盛り上がって。
そこにたまたま自分が写っていて、話のネタに丁度いいと褒めてるのか貶してるのかわからない会話をして。
顔も広く情報屋の母が聞きつけた学校の話になり、盛り上がりの勢いそのままで入学届出した。
プライバシーとかを大事にするこの時代。それでも女たちはまったくの無関係と言っていいほどに、人の情報を流し利用している。
あゆ美にバレないように小さく溜め息をつく。バレてしまえばさっきの二の舞だからだ。
「はい、これ資料」
何故か得意げな笑みを浮かべ渡した冊子には“才能開花 ルーク学園”と題されていた。
表紙には髭をうっすら生やしながらも嫌みなく、スーツを着こなす紳士的な男性が座り心地の良さそうなフカフカな椅子に腰かけ足を組んで微笑んでいる。どうやら学園長らしい。
“君たちには未来がある。それは他人により作られるものではない。己自身で見つけ、育てるものだ。
この学園で多くを学び、君たち自身の才能を開花させてくれ。”
「・・・待っている、ッすか」
「そう!あ、別にその言葉に感動したからーとかじゃ全然ないから安心して」
逆にキモい、と顔を顰める。あゆ美の性格上では、こういった情熱的な言葉や優しい心の人が吐く綺麗なセリフがとても嘘くさく、なお且つ寒気がするという。
自分の性格の悪さって金メダル級だよねぇーと笑っていた少女が思い出される。確か5歳頃だった。
あの頃から変わらないなぁーっと思い出に浸っていると、とある一文に目がいった。
「あゆ美が行けばいいんじゃ」
「怜のバカ。ここに“男子校”って載ってるでしょ。それにあゆ美はまだ2年だもん」
「ここに、女子高も設立しました…って書いてあるッすよ。しかも制服、あゆ美好みじゃないか?」
「え、ほんと?」
それは、表紙の左下に小さく小さく※印をつけて読ませる気があるのかと思わせる書き方であった。
“※女子高も設立!詳しくはP12を・・・。”
貸しなさい!っと勢いよく冊子を怜から奪い取り12ページを探しめくっていく。
その様子に目を細めて微笑みつつ溜め息をつく少年が隣にいるのだが、そんなの目にもくれずに説明を読んでいる。
「ちゃんと読んでたのか?」
「う…!あ、あゆ美が説明書とか読むの苦手って知ってるでしょ!怜のハゲ!」
「は、禿げ!?」
「そうやって細かい事ばっか気にしてるといつか禿げるんだから!!ハゲハゲハゲハゲー!!」
「ハゲハゲ言うなぁーー!!」
よくわからない従兄妹の口げんか?は、夜中まで続いた。


後日、あゆ美がここの高校に入学すると言いだしたのは言うまでもない。
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