冷凍保存愛
小堺は自分を訪ねてきた羽都音に薬を吸わせて眠らせた後、バイト先の裏口近く、従業員控え室の中の椅子に座らせておいた。
その時間帯のバイトは小堺だけだった。
ディナータイムの始まる前の余裕のある時間帯なので、まだ人も少なかった。
従業員は休憩に入っている時間だった。
羽都音は両手を縛られている。
薬がまだ上手く切れていないためか、頭がよく動いていない。
瞬きを数度繰り返しても今のところ状況はよくならない。
相変わらず気持ち悪さだけがこみあげてくる。
「真鶴さん、時間がないんだ。これ以上は待てない。着いてきて」
「……時間がない?」
時間がないと言われても、この状態で起き上がって歩き出すのは苦しすぎる。無理だ。
羽都音は頭を振り、『無理だ』と伝えるが、小堺は時計の針を見ていて気づかない。
「いい? 途中で逃げ出そうとかしたら、山際さんがどうなっても知らないからね」
「道子がどこにいるか知ってるの?」
「今からそこへ行く。だから、君が逃げたりしたら彼女の命の保証はできない」
「なんでそんなことするの? そんなことする人には見えなかったのに」
「君は本当に素直過ぎるんだね。少しは人を疑うことを覚えたら?」
「そんなこと言われる覚えない」
「そこまで話ができるならもう大丈夫だね。行こうか」
感情の読み取れない表情。
目が隠れるほどの長い髪。
緩む口元だけが不気味に映る。
着いていくしかない。そうしないと道子に会えないし助けられない。強羅にも会えない。
無理矢理立たせられ、『いい、君が逃げれば彼女の命の保証はない』念を押された。
「逃げない。だから早く道子のところへ行きましょう」
怖いから精一杯強がった。
『大丈夫。君はこのままゆっくり歩くんだ。そして、君に話しかけてくる男に従って。上手くいく』
今のところ私に話しかけてくるのは小堺しかいない。
と、羽都音はコーヅが言ったことばを思い出していた。