死が二人を分かつとも
終章
妻への言い訳を考えていた。
何か良い案がないかとタクシーの運転者に話せば、ベテランらしいふやけきった笑顔で彼は言う。
「そりゃ旦那、その笑顔みせりゃあ、奥さんもおんなじ笑みを返しますよ」
自身の顔をバックミラーで確認する。
運転の妨げになってはと軽くしたつもりでも、思わず顔を俯けたくなるほどひどかった。
この運転者よりもふやけきっている。
無表情こそが顔の筋肉を使わない形であるというのに、今の自分はほうれい線の掘りが深くなるほど伸びきった口角に、シワが入るほどたるんだ目尻が通常時の顔らしい。
言えば、間抜け顔。
しかして、見ているだけで皆も笑顔になれる産物とは、鼻歌を歌い始める運転者が語るようであった。
妻の知らせを受けてから気が気ではなく、その様子から会社の上司に『タクシー使え。めでたい日と葬式を一緒にすんな!』と、背中叩かれ送り出されてきた訳だが、なるほど確かに、一人では溜まりに溜まった喜びを発散出来なかっただろう。
遠慮がちな性格ではあったが、今夜は無礼講とばかりに、話す。
自慢や惚気。同じ事を繰り返してしまうほど、男は意気揚々としていた。
「旦那ぁ、話すのはいいですけど。せめて息継ぎする箇所は設けて下さいって。そりゃこれから向かうとこは病院だけど、俺は救急車じゃないんで」
ともなれば、深呼吸。タクシーに染みこんだ煙草の匂いが肺に来たもので、元喫煙者の欲求に火がつきそうになる。
いかんいかんと、手持ちのガムを噛んだ。
この日のために禁煙したのだ。ついでに禁酒も。独身時代は出来るわけないと、肺ガンになっても吸うと豪語していたのに、やはり結婚するとーー守るべきものが増えると、自身のことは二の次に考えられる。