死が二人を分かつとも

「あの世ですよ。んでもって、地獄です」


いたずらっ子の笑みで牙見せ笑うコウモリ。だからこそ、嘘だと思えーー思いたくて。

「地獄って……!」

立ち上がる。あれだけ億劫だったのに、体がすんなりと動いた。でないと、膨らむ心臓が破裂しそうで。

「ちょっ、死人さん!?どこ行くんすか!」

後方から、“信じたくはない声”。

死んでるって、地獄って、なに?
私はまだ、世間で言う『これからの人』なのに。死んだなんて。しかもか、たどり着いた先が花畑でもなく、雲の上でもない、こんなーーこんな重苦しく怖い場所に私は!

「違う、うそっ」

持久力を省みない全力疾走。足がもつれて転びそうなのに、平均感覚がそうさせない。

生きてるよ、まだ。
筋肉がつりそうなほど痛む足に、額から体から湧き出る汗。酸素を求める肺に、耳まで聞こえる心臓の鼓動。

「っ、うっ!」

苦しいのは、痛いのは、生きている証。
走りつづけるだけで、それらを実感出来ているのに。

「なん、でぇ……!」

見る景色は変わらない。
どこまでも灰色の森。

知らない場所。見通せない地平線さえもそうだと思わせる同じ景色。

記憶がなくても初めてだと断言出来る。
こんな場所、現実にあってなるものか。

夢、ドッキリ、幻覚症状。
どれでもいい、どれでもいいから。

「嘘だと、教えてよ!」

返答は無音。
そうして、自身の生きている証。

これ以上は走れないと、限界を感じた。

頭の中が真っ赤な信号だらけになるような。もう止めておけと、脳から体にドクターストップでもかかったみたい。

手頃な木に手を置き、そのまま前屈み。呼吸を整える前に、吐き気を優先する。

何度もむせた。でも、出るのは無色の唾液だけ。

いつ食事した?なに、食べたんだっけ?
朝食、昼食、夕食ーー何も思い出せない。


家族はいる、友人もいた。
学校に通っていた、当たり障りない毎日を送っていた。

色がある世界にいた。
春夏秋冬があって、人も動物もたくさんいて。寂しさなんかない場所にいた。

現実味のないことは全部、テレビの向こう側にある世界だった。間違っても、そこに立っていることなんかないのに。

「い、た……」


頭痛がし、膝から崩れて、そのまま木に寄りかかる。

上を見上げれば、暗雲。

そうしてーー

「認めちまった方が、泣かなくて済むこともあるんですよ?」

心配げに覗き込む白いコウモリ。

ようやっと整えた呼吸も、その生き物のおかげで乱れてしまう。

「嘘、つきぃ……」

しゃくりを上げ、その言葉は嘘だと返す。

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