死が二人を分かつとも

「なに、これ」

目覚めたことを後悔してしまう光景だ。

不安から焦燥。それらが入り混じり、混乱となる。

「待って、うそ、なん、で」

こんなところにいるんだ。

寝起きなのは間違いない。なら、寝る前、私は何をしていたんだ。

「い、つぅ」

ノイズが走る。
そうして、気付く。

「思い出せることが、ない」

意味の分からない言葉だけど、他に言いようがなかった。

ここにいる経緯は愚か、自身の今までーーあ、でも、さっき部屋の光景。友人や先生の顔が思い浮かべたから。

「駄目、だ……」

虫食いのように、所々が欠けている。
自分の部屋は思い出せても、家族の姿が分からない。友人や先生という人がいても、『いた』としか認識出来ていない。顔にぽっかりと穴が空いている。

「わたし……」

手のひらを眺める。
次に、着ている服を。

腹這いから座る姿勢。ここまでの動作に何分もかかった。

抜けきれない不快感と戦いながら、自身のことを思い出す。

鏡はない。それでも、自分が何を着ているかぐらいは分かる。

ブレザーの制服。首には赤いスカーフで、胸元には2ーAのピンバッチ。

学生ーー高校に通っていたはず……。
まだ情報が足りない。一番に分からなきゃいけない名前は、喉元まで出かかっている状態だ。

どことも分からない場所なら、せめて、自分のことだけでも思い出したい。

何かないかと、スカートのポケットの中に手を入れる。

「ハンカチだけしかない」

白いハンカチ。名前書いてないかなと広げても、花の刺繍が入っていただけだった。


「どうしよう、どうしよう」

心臓が早鳴る。こんな時こそ落ち着かなきゃいけないのに、何も分からないという不安要素が全身を蝕んでいく。

肺をも圧迫するかのような高鳴る心臓を押さえる。胸元に手を置き、深呼吸をした。

「あれ」

そこで、指先に固いものが触れた。

衣服の下。シャツのボタンを第二まで外し、首から伸びるチェーンに気づいた。

うなじを触れば、チェーンのフック。楽に外せたそれの全貌はネックレスの他ないけど。

「指輪……」

トップについていたのは銀色の指輪。翼のレリーフが入っている。

チェーンの色も銀色だけど、光沢が違う。素材が違うのは一目で分かる。高い指輪に安物のチェーンを無理に組み合わせたような。

「あ!」

と、声を出してしまう物を見つけた。

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