死が二人を分かつとも
「そよ香!」
“彼”が、来てしまう。
振り向けば、“彼”。
私の恋人、私の大切な人。
顔を歪めて今にも泣きそうな顔をしている。
「どうしてだ!」
涙を呑み込み、出て来たのは訴え。
その訴えの意味を理解出来ないなら、答えかねるしかないけど、泣きそうな彼のそばに寄り添いたくなる。
足さえ、動けば。
「なあ、そよ香!なんでっ」
冷静さを失った姿は、彼らしくない。
それだけ、切羽詰まっている証なんだろう。
事実、彼は傷を負っていた。
血がついたブレザーを脱ぐこともせず、だらりと下がった左腕を右手で押さえて庇っている。
指先がぴくりともしない柳の左腕は、折れていることが見るだけでも分かる。
骨折したなら、即病院行き。痛みでうずくまり、動くことも出来ないはずなのに。
「お前が何をしても俺の気持ちは変わらない。ーーだって、お前のこと愛しているから、今でも。それが、人を愛するってことだろ」
私のために、死に物狂いで叫ぶ人。
こっちに来いと、手を伸ばされた。
手を伸ばされる。
自然と握る。
そんな関係性の私たち。今もまた、私は手を伸ばしたのに。
「ーー!」
私の手は、真っ赤に染まっていた。
薔薇の花弁でも握り潰したかのような、目の覚める赤。
手だけじゃなくて、ブレザーにも所々ついている。
まだ、“温かい”。ふやけた皮膚の生温かさのように、気持ち悪い温度。
ぬちゃりと虫の中身を彷彿させる粘り気。
どれをとっても不快な赤。しかして、私たちの体に流れる不可欠な命の源泉。