愛を欲しがる優しい獣
会社から歩いて5分ほどの蕎麦屋に入ることを決めてのれんをくぐる。席に案内されると、向かいに座った渉が間髪入れずに尋ねた。
「ふたりとも俺に言うことがあるだろう?」
あえて渉を無視してメニューを広げる。社員食堂に比べるとどれも割高だが、こんなものだろう。
「俺、日替わり蕎麦。佐藤さんは?」
「私も日替わり蕎麦にするわ」
「じゃあ、俺も……」
俺は店員を呼んで、日替わり蕎麦を3人分注文した。
「今日はお弁当じゃなかったの?」
確か、早苗ちゃんと櫂くんの分を作るついでだからと、自身も弁当を持参していたはずだ。
「椿にあげたの。喜んで食べてくれるって」
「急に誘ってごめんね」
椿というのは渡辺さんのことだろう。いつも一緒の彼女にも悪いことをしたな、と思った。