愛を欲しがる優しい獣
56話:遭遇
「ごめんなさい。その日は用事があって」
「じゃあ、いつなら暇なんだよ?」
……とんでもない場に居合わせてしまった。
俺は柱の陰に隠れながら、こっそりため息をついた。
まさかこんな修羅場に遭遇するとは思ってもいなかった。
用があるのは彼らが言い争っている廊下の先にある営業用の資料倉庫で、プレゼンの参考がてら過去の事例でも調べようかと足を運んだ次第だった。
腕時計をみれば柱に隠れだしてから、既に10分が経過していた。
痴話喧嘩はいつまで経っても決着がつきそうにない。
(往生際の悪い男だな……)
数か月前に同じやり取りを佐藤さんとしたことなど、都合よく頭の中から消去する。
やんわりと断られているのに気づかないバカな男の面でも拝もうと、こっそり柱から顔を出す。