檸檬-レモン-



「すみません…何度か伺ったんですが留守だったので」


「あー…ど、土日は実家に帰ってたので…」


柔らかく微笑んだ男性は、綺麗な瞳をしていた。


心なしか甘い匂いがする。

ケーキ屋さんに入った時に香る、お菓子のような甘さの。


「そうでしたか。下の401号室に越してきた、篠崎です。よろしくお願いします」


「わ、わざわざ…ありがとうございます。胡桃沢です」


深海のような黒々とした瞳のせいなのか、全身の血液が逆流しているかのよう。


「よかったら、どうぞ」


彼は笑みを崩さず紙袋を私に向けた。


「ありがとうございま、す」


礼儀正しい人。


越してきても挨拶に来てくれる人は少ない。


私も親にうるさく言われて渋々挨拶にまわったけれど。

関わりを避ける人が多く、インターホンを鳴らしても出てきてくれた人は隣だけだった。


そんなものだ。


なのに…



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