檸檬-レモン-
「おはよう、奈々」
「さ、早苗…おはよう」
早苗は口元に手を当てて、小さく欠伸をした。
「どうしたの?奈々って、今日当直じゃないでしょ?」
オフィスにはまだ早苗と私以外誰もいない。
定時に出勤する1時間前だ。
「清々しい朝じゃないか!て、手伝うよ」
デスクの上に、資料を順番に並べたり、掃除をしたり、スケジュールをホワイトボードに書き込んだり、毎日当番制になっている。
「嬉しいけど、なんか奈々変。落ち着きがない感じ」
「へ?手際がいいのさ。全然、変なんかじゃないよ」
早苗は鋭く私を見て言った。
「それに、グロスつけてる。メイクもなーんかいつもと違う」
目敏い。言い訳しようにも、言葉が出てこなくて固まる。
「でも、そっちの方が可愛い」
早苗はニッコリと笑って、窓際の観葉植物に水をさした。
私は照れ隠しに笑うのが精一杯で。
これから山口が出勤してくると考えると、鼓動が速くなる。
どうしよう、どうしよう。
「奈々、やっぱり変」
そんな早苗の独り言みたいな声も、全く聞こえていなかった。
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