檸檬-レモン-


私はひとり、仕事帰りに『レモン』に来た。


窓際のソファの席へと座って、レモンタルトと紅茶のセットを頼む。


今日は山口と顔すら合わせられなかった。


変に意識しちゃって、仕事が手につかなくなるから。


「相席、よろしいですか?」


「しっ、篠崎さん?!」


はっと顔を上げると、私服の篠崎さんが目の前に座った。

柔らかく、微笑んで。



「お仕事は終わりですか?」


そう言いながら、私は慌ててきちんと座り直す。


「はい、元々今日は公休日だったので。帰ろうとしたら、クルミさんが見えて」


何故篠崎さんは私のことを『クルミさん』て呼ぶのだろう…。


「良かったら、ご馳走させて下さい」


運ばれてきたセットと一緒に、篠崎さんの前にコーヒーが置かれた。

店員さんから伝票を受け取ると、私を見て微笑む。


「じゃあ…お言葉に甘えて」


やっぱり素敵な人だな、と思う。

雰囲気や、笑い方、一つ一つの動作に釘付けになってしまう。


「そのタルト、昨日から解禁した新作なんですよ」


一目見て、すぐに決まったメニューだった。

仕事の疲れを癒す、甘いデザートが食べたくて。けれど、甘すぎるのも口に残ると思いながら目に入ったのが、レモンタルトだった。



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