檸檬-レモン-


「そこまで言うなら、"クルミ"さんて呼びますよ」


笑いすぎたせいか、少しいじけた篠崎さんはぼそぼそと言葉を落とした。


「そうしてください。"クルミ"さんて呼ぶ許可は篠崎さんにしか出しませんから」


呼び方って、不思議だ。
それだけのことなのに、ぐっと距離が縮まったような気がする。


私と篠崎さんは、店を出てマンションまで一緒に帰った。

その間、たくさんのことを話した。

28歳だとか、自分の店を持つのが夢だったとか、ベランダでプチトマトを育てているとか。

色々。

一気に流れ込んできた情報を、ひとつひとつ大切に頭の中で繰り返す私。


肝心なことは、聞けなかった。


恋人はいますか?と。


まだ夢見ていたかったのかもしれない。


自分の体じゃないみたいに、まだ胸がドキドキしている。

こんな感覚、いつぶりだろう。


私、恋してるのかな?

篠崎さんに?

それとも…山口?


いや、前者だろう。

私の心は、これからあいつ以外を想っていくんだ。

そう思ったら、安心したのか何なのか、涙が溢れた。



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