月のセレナーデ
「おはよう、夏実…」
朝食の支度をしていた母が声を掛けてきた。重い頭をゆっくりと持ち上げる。
そこには困った顔をした母がいた。
「良く眠れた?体調は大丈夫?」
いつもとは不自然な言葉を投げ掛けてくる。その違和感と白々しさに、嫌気がさす。
「…別に」
「あのね、夏実。夏実には本当に悪いと思ってるの。でも、この家を建て替えるのはお母さんの大切な目標だったの。そのために、お母さんは5年前から毎日毎日お金を…」
私は母の話を無視したまま、乱雑に鞄を掴み取った。その際、椅子がガタンと音を立て、その音で母は言葉を切った。
「あたしは絶対嫌だから」
私はその言葉だけを残して部屋を出た。
乱暴に家のドアを開ける。
結局、一度も母の顔を見たりしなかった。