brother-in-law.
おまじない
涼太に今日、本当の“おむかえ”がくる。
あれから数日、僕らはいつも以上に一緒にいた。
ご飯を食べるときも必ず隣に座ったし、寝るときも僕のベッドか涼太のベッドで一緒に寝た。
今まで沢山一緒にいたはずなのに、ここ数日の方が彼のことをよく知れた気がする。
「……もうすぐ、来ちゃうね、」
搾り出した言葉に涼太は寂しそうな、嬉しそうな、複雑そうな顔をした。
時計を見ればもうすぐ別れの時刻が迫ってきていた。
僕は、あまり自分のことを話すのが得意ではない。
だけど、だけれど、
「…僕、涼太に言いたいことがあるんだ。」
もう、黙っているのは、嫌だから。
***
「……僕、本当はわかってたんだ、涼太がおむかえを断ってた、理由。」
「…」
「…僕を、心配してくれてたん、でしょう?」
これで勘違いだったらどうしようとか、そういう考えはあんまり無かった。
推理小説のように証拠があるわけではなかったけれど、僕にはなぜか確信があった。
そしてそれは、涼太の「へへへ」という笑い声と共に真実へと変わった。
「俺、本当はおむかえ、また先延ばしにしてもらうつもりだったんだ。」
「…」
「だけど、俺の両親になる人たち、早く子供が欲しいみたいでさ、」
「…うん」
「俺が今回断ったら、別の子を引き取ろうかと思ってるって言われたんだ。」
涼太はそう言ったかと思えば、悪くも無いのに「ごめん」と呟いた。
そんな彼に僕は一瞬黙り込んでしまったけれど、「…謝る必要ないよ、充分、涼太は此処にいてくれたよ」と言って笑って見せた。
声が、震えたの、ばれちゃったかもしれない。
「俺、あの人たち好きなんだ、多分これを逃したら俺、もう前に進めないんじゃねーかって思ったんだ。」
「…うん」
「だけど、やっぱり、大河も心配」
ヘラッと笑った涼太の目からはやっぱり涙が流れていた。
太陽が反射して、キラキラ光ってる。
その涙を拭おうと手を伸ばしてみれば、それは先生の「おむかえ来たわよ」の言葉に静止された。
涼太は自分で涙をゴシゴシと拭って「はーい」と満面の笑みを向ける。
大きな窓から、いつの間にか停まっていた白い車が目に入った。
荷物を片手に持った涼太は、もう片方の手で僕の手を掴んで玄関へと向かった。
ニコニコと笑う目の前の夫婦に、僕は何とも言えない気持ちになった。
涼太は夫婦にプレゼントされた新しい靴を履きはじめた。
いよいよ、本当に、サヨナラ、だ。
「…二年前、僕は何のために此処に来たんだろうって思った。」
「…大河、?」
「…でも、分かった気がするよ、」
突然話しはじめる僕に、先生も涼太の両親になった夫婦も、そして涼太も目を丸くした。
「僕は、君に会うためにここにきたん…っ
言葉が最後まで繋がれるその前に僕に小さな衝撃と、大きな暖かさが広がる。
「た、いがあ…っ!」
僕を抱きしめる親友の背中に僕も手を回した。
涙が溢れて、もうなにも見えない。
「…あり、がと…う、ぼ、くに…であっ、てくれて…!」
「…ひっ…く、…、」
「あり、がと…っ、ありが…とう、…幸せになってね、涼太」
「な、に言ってんだよ…ぉ…!お前も、幸せになん、だ、よ…!」
その後は二人で声をあげて泣いた。
先生が慌てる中、涼太の両親になった夫婦は僕らを見て優しく微笑んでいた。
彼が、好きだと言った理由が、少しだけ僕にもわかった気がした。
「涼太を、よろしくおねがいします」と最後に言えば「責任を持って幸せにします」と夫婦は僕の頭をポンポンと優しく撫でた。
撫でられたその感覚が心地よくて、少しだけ心が軽くなった気がした。
いつかの“おまじない”は、きっとこの人たちが涼太に教えてあげたんだろう。
「大河!ありがとう!俺も、お前に会えて本当に良かった!!」
車に乗る寸前、涙でぐちゃぐちゃのその顔でいつもの様に笑った“林原涼太”はやっぱり太陽のような人だと思った。
「…ありがとう」
車に乗って、その姿が見えなくなるまで、僕はそう呟いた。
僕は彼のような太陽にはなれないけれど、たとえ小さく淡い光だとしても、大切な人を照らしてあげられる、そんな月のような人になりたい。