*短編集* 『 - 雨 - 』
それと同時に、ぐいっと強い力で右の肩を掴まれた。
「――っ」
強引に振り向かされた先にいたのは、肩で息をする黒田の姿で……。
細かい雨が黒い髪に無数に散らばっていた。
俯いていた黒田が顔を上げると、眉を寄せた必死の表情がそこにあって。
十年間一緒にいたのに見た事のない顔をされて、戸惑いが隠せなかった。
熱いのは、掴まれた肩か、それとも黒田の手か。
「なんで……なんで、あんな顔したんだよ……」
「……え?」
「あんな……女みたいな顔……っ。あんな顔見せられて、黙って見送れる男なんかいるわけないだろっ!」
黒田が言っている事がよく分からなくて困惑する。
一体いつの事を言っているのかも、私のどんな表情の事を言っているのかも分からなかった。
分かるのは……ただ、黒田が真剣だって事と。
あと、男の顔をしてるってだけ。
そう考えてハっとした。
驚いて見つめる先で、黒田が息を整えながら続ける。
明るくなってきた空から漏れる太陽の光が、黒田の髪に散らばった小さな水滴を輝かせ始める。