*短編集* 『 - 雨 - 』



「なんで……もっと早く言ってくれなかったのよ……」
「それはだって……榎本が俺の事好きだなんて思わなかったし」
「……好きなんて言ってない」
「ああ、そうだっけ? まぁ、言われなくても分かるだろ。十年もいつも隣にいたんだから、顔見れば分かる。
さっきの顔見て分かった」

「そうだろ?」と笑う黒田に、ああもうとやるせない気持ちにさせられた。

いつだってそうだった。
結局いつだって、黒田が最後は笑って、私は仕方ないなぁってため息つきながらも呆れて笑う。
そんな事の繰り返しを、何十回何百回と重ねてきたんだ。私たちは。

「言っておくけど、これからが大変よ」
「分かってる」
「簡単には行かないんだから」
「ああ。……でも、いつもみたいに隣で手伝ってくれるだろ?」

そう言って、いつも誰かに頼まれごとを押し付けられた時みたいに笑うから。
私も、いつものその時みたいに「なんでそんな面倒な事に首突っ込むのよ」と返す。

「これでも、考えたんだ。榎本が席立ってから。
榎本の気持ちなんて知らない振りして結婚式に参列して、バカみたいに騒げばいいって。
そしたら榎本は幸せなんだろうなって。
でもさ……やっぱり、嫌だったんだよ。榎本の隣に俺がいないなんて……」

黒田が、そっと私の左手をとると、手を軽く握りながら親指で薬指をなぞる。
まるでダンスする時のような仕草が少し恥ずかしいけれど、黒田はなんでもないような顔で微笑んでいた。


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