*短編集* 『 - 雨 - 』
まさか、お互いに同じ事を考えていたなんて……それだけが、ふたりにとっての誤算だったけれど。
何でも知った気でいただけに、黒田も私も文句の言葉もでなかった。
まったくバカバカしい。
きっと最初からふたりしかいなかったのに。遠回りもいいところだ。
「それなりに苦労して入った会社なんだけど」
「知ってる。面接十二社目にしてようやく内定もらえたって喜んでたの覚えてるし。
祝えって、散々ワインやらビールやら買わされたのも覚えてる」
「仕事も、ようやく楽しくなってきたところだし」
「やりがいを感じるようになってきたって、言ってたもんな」
表情を少しツラそうに崩した黒田が「全部、知ってるよ」と小さな声で呟くように言う。
そんな黒田の手を、きゅっと握り返した。
「でも、そんなの全部いらない。
欲しかったのは……もうずっと前から黒田だけだったから」
抜けている彼が、唯一どうやっても守ろうとしてくれた関係が私のためだったなんて。
そう思うだけで、愛しさが止まらない。
「黒田しかいらない」
雨の止んだ空から、厚い雲の隙間をぬって太陽の日差しが降り注ぐ。
長かった梅雨は終わり、夏が近づこうとしていた。
この夏は、誤算の清算で忙しくなりそうだけど。
隣にお互いがいればそれでいいのかと、顔を合わせて笑った。
変わらない隣。でも、変わった関係が、今日から始まろうとしていた。