*短編集* 『 - 雨 - 』


彼女が誰よりも好きだから。
俺の一挙一動に細かく反応する彼女を観察するのが楽しくて嬉しくて仕方ない。
そんな俺に気付かないでただ踊らされている彼女の純粋さに心が痛まないかと言われればハッキリとは答えられないが、脳裏を走るゾクリとした感覚の方が大きかった。


「眼鏡貸して。雨がついてる」

タオルを持ってくると、彼女はリビングに入ったところで立ったまま待っていた。
きっと、濡れた服のまま座ったら汚してしまうと考えたんだろう。

「あ、自分で……」
「いいから」
「あ、じゃあ……ありがとう」

強引に言うと、彼女は遠慮がちに眼鏡を差し出してくる。
それを受け取りレンズをタオルで丁寧に拭きながら、戸惑った表情で俺の手元を見る彼女を見つめる。

キラキラとした大きくて綺麗な瞳に、薄い唇。
童顔ではあるが、可愛いと表現して問題ないだろう。

一度、俺の隣に並んでいて何か思う事があったのか、彼女がコンタクトにしようかなんて言い出した事があったが、俺はそれを即答で反対した。

そこは彼女の自由だし、好きにさせてやりたいけれど。
彼女の素顔を知るのは俺ひとりで十分だ。
レンズ越しではない眼差しを俺以外の他の誰かに向けるなんて、冗談じゃないと思ったから。

彼女は不思議そうにしてはいたが、『今のままが可愛いから』と言うと『そう言うなら』と照れているように笑った。

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