*短編集* 『 - 雨 - 』
「久しぶりだな。榎本」
この、耳によくなじんだ低く甘い声も高校の時から一緒だ。
「先週会ったじゃない」
「そうだっけ? でも大学出てからも週に何度も会ってたから一週間でも空くと変な感じがする」
向かいの席に座った黒田の髪からは、さっき払いきれなかった水滴がぽたぽたと肩に落ちていた。
首筋を流れる滴をじっと見てから顔をしかめる。
「もう。いい大人なんだからハンカチとかタオルくらい持ち歩きなさいよね。
その前になんで傘持ってこないのよ。予報雨だったじゃない」
鞄の中から取り出したタオルを差し出しながら注意すると。
「榎本が持ってるかと思って。それに、さっきまで寝てたから天気予報まで確認しなかったし」
へらっとした憎めない笑顔を返された。
「さっきまで寝てたって、昨日仕事遅かったの?」
「仕事はそこそこで切り上げたんだけど、後輩が相談があるとか言うから、じゃあ軽く飲んでくかってなって。
で、気付いたら家で寝てて、榎本との待ち合わせまで一時間切ってた」
「よかったよ、遅れなくて。殺されるところだった」なんて言いながらまた笑う黒田に、まったくとため息をつく。