*短編集* 『 - 雨 - 』


あれを注意しない管理職はどうなってるんだと呆れてため息を落としてから席につく。
そして、鞄の中のものをゴソゴソしているうちに、折り畳み傘の存在を思い出した。

朝一で返そうと思ったけれど……コバンザメ状態の山口さんの前で渡すのも面倒だし。
後でいいか。

そんな風に片付けパソコンを立ち上げようとしたところで、デスクの隣に立つ人影に気付いた。
晴人だ。……と、その後ろから睨むように見てくる山口さん。

山口さんの二面性はもう男性社員以外は気づいているから、睨まれたところで特に驚いたりはせずに、「おはようございます」と笑顔で挨拶しておく。
山口さんは新入社員で私の方が先輩になるわけだけれど、この子は怒らせたら面倒そうだと私のアンテナが知らせるから、敬語も使っておく。

「智夏、昨日さ……その、傘どうだった?」

頭の後ろをかきながら、落ち着かない様子で聞く晴人に、やっぱり何か仕掛けのある傘だったのかと眉を寄せた。

「残念でした。昨日あの後すぐ雨止んだから使わずに済んだの。だから、返す。
あと、社内での名前呼びやめて」

傘をぐりぐりと晴人のお腹に突きながら渡すと。
晴人は、拍子抜けしたような、残念そうな顔で「あー……なんだ、そっか」と笑った。





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