*短編集* 『 - 雨 - 』
――差し出した手を払いのけてくれたら。
そんな風に思いながら出した手に、美織は笑顔でそっと触れた。
今にも壊れてしまいそうな、泣き出しそうな、でも意思のこもった、そんな微笑みで。
アパートの前。
なんでついてきたりしたんだよ、という俺の問いかけに、手を繋いだままの美織は笑みを浮かべた。
「ついてきちゃダメだったの?」
「ダメに決まってんだろ。
こんなとこ、おまえの親父にでも見られてみろ。明日からおまえ家に監禁されるぞ」
「分かってんだろ」とため息交じりに言った俺に、美織は少し黙り……そして目を伏せる。
「……そうね。だから、ついてきたのかも」
美織の家は世間で言う金持ちで、一方の俺はと言えば平凡な家庭っていう言葉から一ミリもはみ出る事のない、普通の家。
もちろん、通う学校も違っていれば就職先だって違う。
そんな俺と美織がどうやって知り合ったかと言えば、時間は一週間前まで遡る。
バス停でバスを待つ美織の姿に一目惚れしたのがすべての始まりだった。