*短編集* 『 - 雨 - 』
「馬鹿にしないで。私はさらわれたわけでも、連れてこられてここにいるわけでもない。
自分の意思で、ここまできたのよ」
そして、「言うのを忘れていたけど」と続けた。
「愛してる。当たり前すぎて、言葉になんかしなくても伝わってると思ってた」
あまりに平然として言う美織に思わず笑みがこぼれたのは、数秒後の事。
「俺も言ってなかったけど……。愛してるよ。
おまえの一家全部まとめて敵に回しても、そんなんどうでもいいってくらいに。
時間なんて、関係ないんだな」
「運命にそんなもの、窮屈なだけだわ」
俺の告白に、美織が微笑む。
「やっぱりあなたは悪者になんてなれないのよ。正義の味方なんだから」
「知ってたのか……」
美織と会う時はいつもスーツだったハズなのにと驚くと、ふふっと笑みを返された。
「私の方が先に見つけたんだもの。ずっと、あなたになら捕まりたいと思ってた」
「物騒な話だな」
「ロマンチックな話でしょ」
「まぁ、そうかもな。それに、追われる側も案外悪くない」
「ぞくぞくするでしょ?」
笑顔で言う美織に笑ってから、じゃあ行こうかともう一度手を差し出すと。
美織はちょっと待ってと、後ろを振り返った。
そして、さっきキスをした時に落としたままだった傘を拾うと、雨粒を弾いてそれを閉じた。