*短編集* 『 - 雨 - 』


かく言う私も、黒田のそういう部分に惹かれて隣にいるようになって……もう十年が経とうとしていた。

そういう部分と言うのは、例えば、ドライぶってるのにドライになりきれずついつい世話を焼いたり。
そのくせ、感謝されたりすると「別に。暇だっただけだし」なんてそっけない態度をとったり。

詰めが甘くて、いつもどこか間抜けで。なのに、それに気づくとへらっとした顔で笑うから憎めなくて。

強がってるってすぐに分かるようなわざとらしい、ポーカーフェイス。優しい瞳。

雨に濡れて水滴をつけている黒い髪。
厚く大きな手。がっしりとした肩幅。笑うと覗く八重歯。低く、艶のある声。

私は、黒田の全部がずっと――。

「ところで話って? 珍しいよな。榎本が話があるって呼び出すなんて」
「ああ、うん……そうかもね」
「大体、誘うの俺だもんな。でも先週は全然誘っても乗ってくれなかったけど。
話って、それとなんか関係あるのか?」

「ああ……うん」と歯切れ悪く頷いていると、店員さんが失礼しますとホットコーヒーを黒田の前にカチャリと置いた。
そこから立つ湯気を見つめてから、私の話を待っている黒田に視線を合わせた。

コーヒーの香りが席に充満する。
この香りを、黒田の隣で何百回感じただろう。

すっと吸い込んだ空気に胸が痛んだ。


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