*短編集* 『 - 雨 - 』


「結婚って……だって、相手は?」
「普通のサラリーマン。同じ会社の」
「付き合ってるヤツ……いたのか?」
「うん」
「だってお前、俺にそんな事一言も……」
「黒田には言わなかったから。……一回も」

珍しいなと思う。
これまで黒田は、こういう話題にだけは焦ったりした事がなかったのに。
笑顔で平然とした態度で、聞いていたのに……こんな風に焦るなんて意外だと思った。

でも。
そう思う反面、心の中どこかでは黒田がこういう反応をしてくれたらいいなって、焦ってくれたらいいなって、期待もしていて。

――ズルい女。

自分に嫌気が差して、席を立つ。
……ううん。もしかしたら、これ以上動揺する黒田を見たくなくて、という方が正しいかもしれない。

黒田が動揺する度に、もしかしたら……なんて、してもしょうがない期待がまた顔を出してしまうから。




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