。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅴ・*・。。*・。
玄蛇に抱きしめられて、『あの夜』の記憶が一瞬にして蘇る。
体温、息遣い、香り、鼓動―――
全部が全部“あの夜”と同じだった。
高速で降りて行くエレベーターの重力に、耳の奥がきぃぃんと鳴る。
エレベーターの壁はガラス窓になっていて、外の景色が眺められる構造になっている。
玄蛇はそのガラスの壁に手を付きながら、あたしを腕の中に、胸の内に捉える。
『離さない』
“あの夜”の言葉が蘇る。
ぞくり、あたしの首の後ろが粟立った。
いつの間にか高速で降りるエレベーターの二重窓の外側に雨粒が張り付いていた。
とうとう雨が降り出したのだ。
あたしが予想した通り―――雷の音も遠くでくぐもった音を立ててこだましている。
雨と雷の音に包まれ―――でも、一番近くに居るのは玄蛇。
彼のぬくもりに包まれて、どうにかなりそうだった。
「――――っつ……!
やめて!愛して!!なんて頼んでないっ!!」
あたしは玄蛇の体を押しのけると、精一杯の力で怒鳴った。
玄蛇にどれだけのダメージを与えられたのかは分からない。
大してダメージにならないだろう言葉を耳の奥で反芻させ、目の裏で文字の羅列がひたすらくるくる回っている中
「これきりにする―――と誓う。
君を抱きしめるのは。君を追いかけるのは。君を――――」
愛するのは
最後の言葉は雷の音でかき消された。
ファントムは―――玄蛇だったのだ
きっと……ずっと前から心の奥底で分かっていたのだ…あたしは―――
けれど気づかないフリをした。
気づきたくなかった。
玄蛇の気持ちに――――
「愛してる」
最初で最後の彼の本心は
雨の音に包まれ、くぐもった声音はかすれて聞こえた。
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