。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅴ・*・。。*・。
しかし、いつもなら一本の指で簡単に開けられるはずのプルタブが今日に限ってなかなか力が入らない。
気分はすっきりしていたが、まだ指先が麻痺したように僅かな痺れを伴っている。
投薬のせいだな。
タチバナは無言で俺のコーヒーを奪い、いとも簡単にプルタブを開けると
「はいよ」と手渡してくれた。
あまりのスマートさに一瞬びっくりした。タチバナが俺にこんな風に接したのなんてはじめてだから。
あれだな。
嫁を貰うと人間丸くなるもんだな。
「………サンキュ…」
俺は素直に礼を言ってコーヒーの缶に口を付ける。
「で?実際のとこどうなんだ」
それでも妙な“優しさ”が気持ち悪くて、何かを企んでいそうなこいつの行動を疑う気持ちが払拭できずに俺はせっかちに聞いた。
「まぁそう焦りなさんな」
タチバナはのんびりと言って勝手にパイプ椅子を引き寄せると、そこへ腰を下ろし優雅に長い脚を組んだ。
そして俺と同じ種類の缶コーヒーのプルタブを開けると
「さっきお前んとこの秘書―――ちらっと見たぜ?メガネの。
結構美人だな」
と全然違う話題を出してきた。
メガネの秘書…
「キリか。美人だが手ごわいぞ?
手ぇ出すなよ。それにあれは鴇田の女だ。あいつに殺されたくなきゃ大人しくしてるんだな」
俺の忠告にタチバナは軽く肩をすくめた。
「俺には愛する美しすぎる妻が居る。妻以外の女も男も目に入らん。誰が浮気なんてするか」
あ~はいはい。噂の美人妻ね。
聞き飽きたよ、その話。
俺は指で耳をほじほじ。
耳たこ……と言えばタコ刺しが食いたくなったな。昨日は検査で絶食だったしな。
今夜鴇田にさばかせよう。
タチバナのノロケそっちのけで俺は一人そんなことを考えていた。
「鴇田と言えば―――
あいつの作った顔認証システム―――早速利用させてもらったぜ?」
タチバナは低く言って、にやり―――またも口の端を吊り上げた。
どうやら夜明けのコーヒーより、タコ刺しより
旨い話を聞けそうだ。