。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅴ・*・。。*・。
音!?
もう一度耳を澄ますと、また何かが壊れる音が聞こえた。
二時の方だ。だが音をした方角を見ても鏡の壁がある。上を見上げると鏡の壁は天井までしっかりと伸びていて、飛び越えられる作りではなかった。
音の感覚だけを頼りに俺は走り出した。
しかし、すぐにそれがいかに難関か思い知らされる。
どこを見渡してもどこを走っても鏡の回廊。おまけに合わせ鏡になっているから、道だと思ったら違う、と言うことも。
おまけに思ったより複雑な造りになっているのだろう、迷路で音が反響している。
聴覚には頼れない。
鏡に映りこんだ回廊は
無限の世界だ。
閉じ込められた錯覚に陥ったが、俺は慌てて頭を振り、ゆっくりと目を閉じた。
考えるんだ―――戒。
鏡の壁に手を這わせてゆっくりと息を吸い込むと、
ほんの僅かだが朔羅が使ってるCherryBlossomの香りが漂ってきた。
「こっちか!」
俺が鏡の通路の突き当りを右に曲がったところで、
ふと、朔羅ではない気配を感じた。
ひらり、と黒い影が動いて、
朔羅!?
目を向けると
そこに居たのは―――
金髪でサングラスをした男が走り去るところだった。
サングラスの奥で一瞬目が合った気がする。
「お前……」
俺が走り出そうとすると
男は軽やかに身を翻し、鏡の迷路に溶け込む。
場が悪い。
360度鏡の視界で、男の姿があちこちに浮かんでいて、どれが実体なのか判別もつかない。
一瞬の迷いがあった。
もはや朔羅に何かあったのは疑いようのない事実。だけど目の前には忌むべき存在が―――
男を……いや
スネーク
を追いかけようとしたが、ヤツは薄気味悪い笑みを湛えながら、親指を自分の頬にゆっくりと走らせ、その白い頬に赤い血のりのようなものが線を描いていた。
「朔羅……!」
くっそ!
もう少しでスネークを捕まえられるってのに!
目の前に居てもヤツをとっ捕まえることができないことが歯がゆい。
俺は回れ右をして、スネークが出てきた方へと脚を向けた。
朔羅の元へ駆けつけるほんの束の間、スネークの高らかな笑い声が聞こえた気がする。