。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅴ・*・。。*・。
食事をしなかったから、思った以上に時間が空いて、僕は誰よりも早く講義室についた。扇形に広がっていて階段が連なった典型的な講義室。
意外に真面目に大学に通っていたのは、荒くれてどうしようもなかった僕を、大学まで出してくれた鴇田のおやっさんに何か恩返ししたかったから。ただそれだけの理由だった。
そのうちぞろぞろと講義を受ける連中が入ってきて、ちょっと賑やかになったところ
「ここ、いい?」とまたも聞かれて顔を上げると
伊予原 椿紀が立っていた。いや、僕はその頃彼女の名前を認識していなかった。
今度こそ、僕は怪訝そうに辺りを見渡した。席はまだたくさん空いている。なのに敢えてここ?
と、ちょっと怪訝そうにしていると
「さっきの、A定ありがと!」と言って、財布を取り出し中から小銭をいくつか取り出して机の上に置いた。キッチリ定食代だった。
「いや、いいよ。絶対食いたかったわけじゃないし」と、その小銭を戻すと
「流石に悪いよ。譲ってもらったうえに、奢ってもらうなんて……
そこまでしてもらう…」
「義理がない?」
僕が目を上げると、椿紀は唇をきゅっと閉めて頷いた。
「じゃー、この540円分で仕事頼みたいんだけど」と僕が言うと
「仕事?」椿紀は不思議そうに目をまばたき。
「俺、今から寝るから出欠簿に〇打っといて」
その講義は“犯罪心理学”と言う講座で、退屈でしょうがない。犯罪心理学なんて僕が一番知り尽くしている。高校時代は喧嘩に明け暮れていた。それこそ警察沙汰になったことは数知れないが、その度鴇田のおやっさんが、言い方は悪いがもみ消してくれたのだ。
出席は名前を呼ばれて取るものではなく、回ってきた出欠簿に〇を打つだけ。
講義が開始されて、間もなく出欠簿が回ってきた気配がした。その時点ですでに机に伏せて目を閉じていたが
「ねぇ」と揺り動かされ、僕は面倒そうに目を開けた。
「〇は打ったよ。この講義私もつまんないと思ってたの。ね、二人で抜け出してこれからどこか行かない?」
と椿紀はワクワクと聞いてきて、目を細めて檀上の教授を見ると、彼は僕らに背を向け、黒板にチョークを走らせ、熱心に説明していた。
僕は椿紀の提案に乗った。