。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅴ・*・。。*・。
身を低めて、こそこそ講義室を出て、何人かの友人がそれを目撃したが、咎められることはなかった。
「恵一、うまくやれよー」と応援さえしてくれて、僕は苦笑いでそれに軽く手をあげた。
その後の講義は二人とも無かった。講義室を出てそこで別れることもできたが、椿紀はせっかく空いた時間なんだから、もったいないと言って、僕の手を引っ張って、ほぼ強引に街に連れ出された。
「私、実は講義途中でエスケープしたのはじめてなんだ。ちょっと緊張してドキドキしてる」
と、椿紀は恥ずかしそうに舌をぺろりと出し、笑う。
「さっき奢ってくれたでしょ?やっぱちゃんと返したいし。
美味しいケーキ屋さんがあるの。でも一人で入りづらいし、ね、付き合って」
それは椿紀の言い訳だと思ったが、何だかここまで強引に決められると、呆れると言うより笑い出しくなる。
こんな強引な女ははじめてだ―――
そこから椿紀と付き合うようになった。
椿紀は天真爛漫だった。よく笑い、よく怒り、しかし明るくて常に前向き。暗い過去や黒い現実をいっとき忘れられた。
椿紀はよく笑った。僕のくだらない……些細な出来事ですら常に笑顔で声を挙げて笑った。
僕はそんな彼女に―――恋をした。
そのとき僕は、今じゃ想像もつかないだろうが、常にテンションが低くて、しかも高校時代の所謂不良感も完全に消し去ってはなかったから、あまり女の子に好かれるタチではなかった。
だから椿紀が僕のどこをどう気に入って付き合ってるのか分からなかった。
だが―――
僕はその日、廊下で椿紀を見つけた。椿紀の周りには友人らしき女がたくさん居て、声を掛けようかと思って上げかけた手を何となく下ろした。
「いいな~椿紀は。大狼くん、かっこいいし背が高いし、頭もいいし~
連れて歩くのは最高だよね」
と女の言葉を聞いて、僕は妙な納得をした。
ああ、俺は彼女のアクセサリー要員ね、と。
だけど
「それだけじゃないよ。恵一はひとには言えない暗い事情を抱えてる」
「え、何なに?」
と女たちは楽しそうだ。
どこか影を宿した男はどうやら彼女らの目に魅力的に映るらしい。
「恵一は―――はっきりとは言わないし、私も聞かない。
けど分かるの。
でもね、言わなくてもいいし、私も聞かない。知りたいけど。
知らないフリして私は恵一の全てを受け止めて、彼の力になってあげたい。
守ってあげたいの」
椿紀の言葉に、彼女に対する気持ちが“恋”から“愛”に変わる瞬間だった。