。・*・。。*・Cherry Blossom Ⅴ・*・。。*・。
椿紀はその後、大学に現れなくなった。今みたいにケータイが普及している時代ではなかった。
だから僕は一度だけ彼女の実家に電話を入れた。
椿紀は
人知れず、姿をくらましていた
警察には失踪人届けが出されていて受理もされていた。しかし犯罪絡みでない家出人の捜査はなかなか警察も積極的に動かないのが現実だ。
彼女の両親の祈りも虚しく、椿紀は彼女の両親の祈りが永遠に届かない年月を過ごすことになる。
大学卒業後、僕が正式に会計士になった頃、僕は必死に椿紀の行方を探した。
それから数年、おやっさんの知人とかで怪しい探偵業をしている男を介して、知ったことは
椿紀は東京を離れ、長野の田舎町の小料理屋で住み込みのバイトをしていると聞きだし、すぐに向かった。
ここまでたどり着くまで、それは簡単なことではなかった。そもそも椿紀は学部でも人気の女子で、その友人たちも多かった。一人、また一人とまるで迷路の線を描くように探偵と僕がしらみつぶしに女子たちに聞いた。
気の遠くなるような迷路の末、分かったことだ。
僕が椿紀の前に現れると、椿紀は息を呑んだ。
まだ三歳にも満たない小さな
和則
を必死に抱きしめ、椿紀にとっては大事な一人息子を僕に奪われると思っていたに違いない。
或は殺される、と言う恐怖か。
生憎だが僕はそのどちらもする気はない。
はじめて触れた和則の小さな小さな手。そのときの温もりも、感触も未だに忘れない。
僕は絶対に守らなければならない―――
と決意した。