godlh
彼女
 僕は、ドキドキしていた。
 
 今、僕の目の前を、彼女が音楽室に向かって歩いている。彼女を見ている事を、誰にも、誰にも気がつかれないように、僕はゆっくりと視線を動かして、彼女を追った。
 少なくとも、僕にとっては、彼女はきれいだとか、かわいいだとか、天使のようだとか、そんなありきたりの言葉で表現する事など出来なかった。それくらいに、彼女は僕の全てであり、今、死に神が彼女の事を殺しに来る事があったなら、僕は全力でそれを阻止する、そう言い切れるくらいに、彼女の事を想っていた。

 “ふぅん。”

 何か、声が聞こえた気がした。
 でも、辺りを見回しても誰もいなかった。
 ―――あれ、なんで皆いないんだろ?

 「こら、一之江。いつまで、廊下に突っ立っているんだ。」
 僕の横には、担任の伊東先生が立っていた。そう、いつの間にかチャイムが鳴っていたのだ。
 「お前は、中三になっても、相変わらずぼ~っとしているな。」
 そう言って、伊東先生は、僕の首根っこを掴んで教室の中に押し込んだ。
 「痛ててて。先生、痛いって。」
 「痛くない。」
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