godlh
思惑
いつもの何倍も疲れた一日が、やっと終わった。
あゆみは、誰とも言葉を交わすことなく、静かに教室から出て行った。

それをきっかけにして、クラス中の女子たちが口々にあゆみの悪口を言い始めた。
「あぁ、やっといなくなった。」
「ホント、むかつくのよね。」
やさしい言葉なんて、ひとつもなかった。
梢もリアも、同じだった。
「少しかわいいからって、調子にのっているのよ。」
「そうだね。彫野君にたくさん話しかけられて、いい気になっているって感じがするよね。」
「彫野君はさ、みんなの彫野君じゃなくちゃね。」
「そうだよね。」
ふたりが、今朝感じたヤキモチに似た感覚。あれは、あゆみを彫野に奪われた事によって生まれた気持ちではなかった。
その逆だ。
梢も、リアも、彫野をあゆみに奪われた、そう思う事によって生まれた気持ちだった。
そこには、あゆみの気持ちは存在しない。あゆみが、彫野の事を好きであろうと、そうでなかろうと関係ない。
あゆみが、彫野に気に入られている、それだけで敵対視するべき存在になっていた。憎しみや妬みという人の持つ醜い気持ちを、一方的に押しつけたのだ。

その会話を、彫野は聞いていない振りをしていた。
クラス中の、いや、この学校中のそんな話題はすべて、今、教室にいる彫野の元に届いていた。
そして、あまりに思った通りの会話をする人間たちを前に、笑いを堪えるのが大変だった。
―――本当に驚くほど単純だ。

勢いよく立ち上がった。イスが激しい音を立てた。さっきまで、あゆみの悪口や陰口で、ざわついていた教室は、急に気味の悪いほど静かになった。
―――愛内さんの悪口を聞いて怒ったのかしら。
皆、そんな風に思いながら、彫野を見つめた。特に男子は、八つ当たりでもされるんじゃないかと震え上がった。
しかし、そんな不安をよそに、彫野は何も言わずゆっくり微笑みながら、教室を出て行った。
梢の肩を、軽く叩いていったのが印象的だった。
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