godlh

支配する恐怖

　愛内さんが、そんな事になっているなんて、僕は夢にも思わなかった。いつもの通りの朝を迎え、いつもの通りの通学、そんな感じだった。
　「ふわぁぁ。」
　大きなあくびを、何度もしてしまうくらい、本当に平和な朝だった。
　「オッスぅ。秀郎。」
　惟が元気なのは、いつも通りだった。
　そんな僕らの横を、誰かが通り過ぎた。見かけは、どちらかと言うと、おとなしそうに感じた。でも、そいつは何かが違った。側にいるだけで、周りの空気を凍り付かせるような、とても中学生とは思えない雰囲気を醸し出していた。
　「なんだ。あいつ・・・。」
　惟が思わず口に出した。
　その瞬間、そいつは僕らの方に振り向いた。ただ、その振り向き方は尋常じゃなかった。スピードもそうだけれど、首の角度とか、とても人間じゃないような動きに思えた。
　「あっ。」
　僕も、惟も、まるで蛇に睨まれた蛙のように動きが止まった。冷や汗がドッと吹き出した。そして、呼吸をする事が、こんなに苦しいと感じるとは思わなかった。
　―――・・・。
　何も頭に浮かばない。
　こんな事を自慢するのもなんだけれど、僕は何回もカツアゲに遭った事がある。その時も、もちろん怖いと思ったけど、今のこの怖さに比べれば全然、余裕だと思った。いや、むしろこの恐怖から逃れられるなら、カツアゲされてもいい、そんな風にさえ思った。
　「あわわわ・・・。」
　小さな泡と一緒に、まるで漫画のような表現が、自然に口から出てきた。その姿が、あまりに情けなかったせいなのだろうか、そいつは、僕らの事を冷めた目で一瞥して、そのまま行ってしまった。

　「怖っえぇ。」
　「・・・。」
　惟は、今思っている心境をそのまま口に出した。
　僕は、今思っている事を口にする事も出来ないくらいに、恐怖が全身を支配していた。
　「秀郎。大丈夫か？」
　惟は、僕のその様子を見て声をかけてきた。けれども、その声は恐怖に邪魔されて聞こえてこなかった。