天の川に浮かぶ島
 夏彦は泣いていた。

 その顔を見せたくないのか、はたまた私を放したくないのか、夏彦の手は私の頭を胸元に引き寄せたまま動かない。

「約束?」

 私はやっと言葉を搾り出して、最後に頭に響いた言葉を繰り返した。

 沈黙が降りた。



 夏彦が呼吸をゆっくりと整えていく。

 次第に私を捕まえていた手から力が抜けていき、最後にはその手を放して、壁伝いに床の上に座り込んだ。

「―――舞台から落ちて意識の戻らない詩織を、俺はどうしても助けたかった。だから、お前を開発段階だった生命維持カプセルに入れ、時を止め、俺は詩織を目覚めさせる研究を続けたんだ。だが、とうてい間に合いそうもなかった。人の一生はあまりにも短い。だから―――」

 すっかり動揺の取れた目で、夏彦は皺になった白衣のポケットから、一本のビンを取り出した。

「俺も生命を引き伸ばす必要があったんだ。」

 口の開いたビンを逆さにする。液体は流れない。

「これは俺が飲める最後の薬だった。若返りの効果は七日間、飲んだのは六日前、俺の生命のデットラインもあと一日だ」

 立ち上がろうとする夏彦の体を私は支える。

「私もなの?」

 夏彦はすまなそうに頷いた。

「こんなに長い間研究したのに、詩織を七日間しか生かしてやれなかった。ごめん」

 そういえば、目覚めた日にも、私に謝ってたね。

 私は―――

「すごくうれしいよ」

 夏彦のあばらの浮き出しそうな胸に再び顔を寄せる。

 懐かしいタバコの匂いに思わず涙ぐむ。
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