ヒマワリ君の甘い嘘
***
『……そうか。…母さんに行っておくよ』
「あぁ、もう少ししたらそっちに着く」
『わかった』
“じゃあ”と、電話を切ろうとしたところで父さんは俺を呼び止めた。
『…………大丈夫か?』
そう言われた俺は、少し黙る。
あと少ししたら、母さんと合わなくてはいけない。
そんな簡単なことなのに、俺にとっては重大な使命に感じる。
アポなしで行ったらさすがにまずいと思い、一旦父さんに連絡を入れてから行こうとしていた俺に掛けられたその言葉。
心配しているのは俺だけじゃない。
「…大丈夫。……じゃあな、着いたらまた連絡する」
『あぁ……』
ブツンと会話が終わると、俺はケータイをポケットにしまった。
今日、コンタクトはしていない。
していったら、ダメな気がした。
電車を降りて、一直線に自分の家へと向かう。
横を流れる街並みが懐かしい。
少しも変わってないな。
変わったのは、コンビニができていたって事だけ。
普通に今すぐ帰りたい。
そう思うけど、そんなことしたら小夏に会わす顔がないし。
つーか、ここまできて“やっぱ気まずいから帰る”なんて死んでも嫌だし。
「うわ、全然変わってねぇな……」
視界に小さく写った俺の家。
変わっていないのはあたりまえか。
「(緊張してきた…)」
内臓ふわふわして吐きそう。
家の前まで着くと、俺は父さんに一言連絡をした。
『日向』と彫りが入った表札。
「(よし……___)」
息を大きく吸い込むと、俺は震える手でインターホンを押した。
ーピンポーン
数秒後、ガチャリと開くドアとともにその隙間から覗く父の顔。
そんな当たり前のことが、俺の吐き気を倍増させる。
「いらっしゃい、葵生」
「……あぁ」
以前と比べて髪が白くなった父に迎え入れられた俺は、数年ぶりにこの家に足を踏み入れた。
懐かしい匂い。
懐かしい風景。
あ、あの絵まだ飾ってある……
リビングに繋がるドアの前で、呼吸を整える。
この先に、母さんがいる。
“日向くんなら大丈夫”
ん、大丈夫だよな……
深呼吸をひとつしたあと、俺はドアをくぐった。
「葵生……」
母さんがいた。
キッチン横にあるダイニングテーブルに座って。
前より痩せて、老けたな……
俺の名前を呼んだ声も、なんだかか細い。
当たり前か、自分を殴った息子と数年ぶりに会ってるんだもんな。
「……いらっしゃい」
小さく笑った母さんは、俺を座るよう促した。
テーブルには、きっちり俺のお茶が用意してある。
父さんも母さんの横に座って、
なんだか家族会議してるみたいだ。
まぁ、ある意味家族会議か…コレ……
「久しぶりね…、元気だった?」
すんなりと会話を始めだした母に戸惑う。
「……久しぶり。…元気」
「そう。…学校楽しい?」
「あぁ、楽しいよ。あそこに行ってよかったなって思う」
父さんは何もしゃべらずに、俺と母さんの会話を聞いているだけ。
「…良かったわね」
「ん、……」
微笑む母さん。
そして終わってしまう会話。
聞こえるのは、リビングで流れているテレビの音だけ。