霧雨シェアハウス
シェアハウス自体はずっと昔からあるらしい。いつからあるのかは知らないけど。けど、数年前に立て替えたらしくてグレー地のタイルの壁がオシャレだ。こんな路地の真ん中にあるからか入居者は少なく、大きい割に部屋も少ない。その分部屋やシェアスペースは広いんだけどね。


玄関の扉を開けて、靴箱に目をやる。靴箱は個人個人のは無くて、病院とかみたいな横に長い3段の棚がある。普段履きはここに入れて、たまにしか履かない靴は各自部屋で管理する。夜になればここに靴が並ぶんだけど、今はパステルピンクのパンプスと小さなスニーカーだけだ。

ブーティを一番下の一番隅に入れて自分のスリッパを引っ掛けると、私はシェアスペースへ足を向けた。


台所からいい香りが漂っている。


まだ陽も高いのに、ここの夕飯の準備は早い。


シェアスペースの扉を開くと、その香りは一層強くなった。


今日の夕飯はカレーかな?シチューかな?煮込み料理の独特のいい香りがする。玉ねぎに火を通した時の、甘い匂い。


台所には小さな人影があった。


扉を閉めてもその背中はまるで私に気付かないようで、鼻歌を歌いながら腰を左右に振っている。


「…ただいま、マコさん」


そう声を掛けて、初めてマコさんは振り返って私に気付いたようで、


「あら!…おかえりなさい!早かったのね」


柔らかな笑みを見せた。
< 2 / 4 >

この作品をシェア

pagetop