好きで悪いか!


「古賀さん、どうかした?」

 訝しそうに問われて、慌てて顔を上げた。

「いえ、どうも……」

「誰もいないと怖い?」

 先輩が沈んでいる理由を知って、ただ胸が軋むように痛い。首を横に振った。
 私が先輩のために出来ることって何だろう。

「今日も誰もいないし……、俺の部屋で勉強する?」

 付き合い始めてからも、先輩の部屋に入ったことはない。広々としたオープンスペースの書斎で、いつも勉強している。
 初めてのお誘いにドキリとした。

 先輩とは付き合っているけれど、雅紀の言うとおりそれは形式的なもので、手を繋ぐことさえはばかれる。
 一緒にいても遠く感じる先輩が、初めて自室に招いてくれている。



「あの、志乃さんの結納に使われる金の茶釜って……、もし無かったら結納が出来ないんですか?」

 勉強の合間に、紅茶を淹れてくれた先輩に尋ねた。
 あれを私が拾って先輩に返さなければ、明後日の結納が行われなかったのだとしたら。私は余計なことをしたんじゃないだろうか。

「まさか。あれが無かったくらいで取り止めにはならないよ。でも良かったよ、古賀さんが拾ってちゃんと交番に届けてくれて。盗まれてたら、きっと一生後悔してた。愚かなことしたなって」

 先輩の口調から、落し物をしたのはやっぱりわざとだったのだと分かった。確信犯だ。
 優秀な先輩が、あんな大きくて大切な物を置き忘れるはずがない。そんな優秀な先輩が『愚かなことをした』のは、志乃さんへの気持ちが捨てられなかったからだ。



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