アイドルとボディガード
そんなこんなしている間にも、さっきの声はどんどん近くに……
「いたいた!」
「ほら、さっき小泉千遥と一緒にいた男」
「え、やばくない。これ超スクープじゃん」
「ちょ、写メ、写メ!」
声は少し遠いが、会話の内容は分かる位の距離にいる。
どうしよう、こんなとこ見られたらもう一貫の終わりじゃん。
こんなとこ連れ込んで、こんなことして。
バカじゃないの、こいつ。
私の芸能界ここで終わらせるつもり!?
「……さっきの続きできるな?」
「はぁ?」
一瞬意味が分からなくて、聞き返してしまう。
そんな私に構わず、奴はさっきの続きとやらを始めた。
「ほら、アサミ。顔あげて。これじゃキスできない」
「……い、いやだよケイちゃん。こんなところで」
「大丈夫、ほら」
私の帽子をとるとお互いの顔を隠して、唇でチュッと鳴らす。
「ア、アサミだって」
「人違いじゃん」
「てか、か、帰ろう」
「そだね」
「てか、道端でイチャつくの勘弁して欲しいよね」
「すぐ隣にラブホあんじゃん、入ればいいのに」
「ねー」
その声はどんどん遠くなり、人だかりは去っていったようだ。
一応誤魔化すことができてほっと胸をなでおろす。
「今出るのは危険だな」
「確かに」
「ここで待ってられるか?車持ってくる」
「えぇ、ここで!?」
「奥にいれば分からないだろ?」
両隣のきらびやかなラブホテルを見てげんなりする。
どうしてこんなところで、見つかったらちょっとした不審者だよ。
「早く来てよ」
「それが人にものを頼む態度かよ」
そう言って行ってしまった。
突然、自分が街中にいることが怖くなる。
今までは、隣に奴がいたから分からなかった。
自意識過剰かもしれないけど、皆私のことを知ってると思ってしまう。
皆に監視されているような。
逃亡している指名手配犯はこんな気持ちなのだろうか。
いつ誰に見つかるか分からない、いつ誰に捕まるか分からない。
私、何も悪いことしてないのに。
テレビや雑誌に出るということはこういうことだと身に染みて感じた。
一目のつかない、奥まったところで一人うずくまる。
ざ、ざっと人の近づいてくる足音が聞こえてビクっと体が震えた。
「遅い」
奴だと思って見上げたら、そこにいたのは、
「大丈夫……?」
見知らぬ男の人だった。
悲鳴をあげなきゃ、逃げなきゃ。頭の防衛本能が警笛を鳴らす。
だけど体が言うことを効かない。
「だ、だいじょぶです……っ。すいません失礼します」
振り絞って出した声は震えていた。なんとか立ち上がり、彼の横を通り過ぎようとした瞬間。追い越したところで背後から呼ばれた。
「千遥ちゃん!」
体が縮みあがる。
手首を強い力で捕まれ男は言った。
「逃げないでよ」