アイドルとボディガード
「私が芸能界に入ったきっかけは、最初はただ中学の奴ら見返したかったから。芸能界ってすごいとこで成功したら、あいつすげぇじゃんってなるじゃん?」
そこで以前言っていた藤川さんの言葉を思い出した。
こいつが面接で言っていたという、芸能界で価値を認められたい理由とはこのことだろうか。
「でもそんな気持ちじゃさ、演技とか歌とかちゃんとできっこないよね。藤川さんにもファンの人にも本当迷惑。だけどね、アイドルになって色々な仕事がをこなしていくうちに、やっと居場所ができた気がしたんだ」
それは傍目から見ていても分かる。
きっと年頃だから、やりたいことはたくさんあるだろう。
それでもその気持ちを全部押し殺して、仕事に専念しているのだ。
きっかけはどうあれ、今は本気で芸能界で頑張ろうとしているのは知っている。
本当にシビアな世界だ。
あるきっかけでいきなり知名度が上がり、周りから旬だともてはやされ、それを過ぎたらあっさり切り捨てられる。
まだ17年しか生きていないというのに。
そんな彼女に、のしかかる重圧や焦燥は計り知れないものだ。
「……辞めたくないなぁ」
華奢な肩が震え、外を眺める彼女の頬には涙が伝っていた。
鼻をすすりながら独白のように話は続く。
「ここで終わりたくない」
無理矢理ドライブに連れまわした俺は、千遥の独白を叱咤する訳でも共感する訳でもなくただ静かに聞いていた。
しかし明日もドラマ撮影がある。長くは拘束できないと、そろそろ帰路に入る。
別れ際、いつものように千遥がありがとうと言って降りた。
「明日も今日と同じ時間に来る」
「うん」
「千遥、諦めたくなかったら頑張るだけだ」
「分かってるよ」
そう言って、今日初めて俺の前で微笑んだ。
それに少し安心して千遥と別れた。
俺は赤くなった千遥の頬を見逃さなかった。
それが胸を突く。
早くこんな仕事終わらせなくては。
翌日、事務所へ着くなりツインテールの少女が甲高い声を上げながら千遥に抱きついてきた。
「ちーちゃーんっ!」
「わぁ、びっくりした」
その子はよく事務所で千遥と話している子だった。
千遥より少し低い身長。見た目から千遥より年下、中学生位だろうか?
「聞いて聞いて!今度ね、アニメのエンディングに私の歌使わせてもらうことになったの!」
「へぇ、すごいじゃん!ゆーちゃん歌のボイトレ頑張ってたもんね」
「へへっ、ちーちゃんも忙しいだろうと思うけど聞いてね」
「もちろん」
笑顔なのに、ふと悔しそうな表情が垣間見えた。
今の千遥には後輩の躍進は耳が痛い話だろう。