アイドルとボディガード
事務所から、ドラマのスタジオへ移動する。
今日は千遥の苦手なドラマの撮影だ。
場面は千遥、須藤リサ、あともう一人の女優といった女三人の修羅場とのこと。
その中で千遥は、主人公の須藤リサの彼氏を奪った悪どい女を演じている。
その千遥に詰め寄るのが須藤リサとその友達役の女優だ。
まず友達役の女優から始まった。
「あんたが、そんな女だとは思わなかった」
「だからそんなんじゃないってば」
少しはマシになってきた千遥の演技。この一言に何時間もかけて練習していた。
そこに更に詰め寄る友達役の女優。
「何がそんなんじゃないのよ。大人しそうな顔してやること大胆だよね。友達の彼氏に手を出すとか」
「もういいから……っ」
そこに割って入ってきた須藤リサ。
なんとういうかこれが深夜クオリティというか、ゴールデンではまずできない挑戦だろう。見事なまでに皆大根だ。
「ぷ……っ」
「……監督いくらなんでも笑わないでください、音声拾われます」
監督の横にいる助監督らしき人が呆れたように注意する。
注意をされた張本人は、静かに咳払いをして誤魔化した。
監督自身も抑えきれずに笑っていた。気付かなかったが、このドラマの監督は橋本という昔ちょっと有名だった人だ。
以前は映画を中心に撮っていて、海外で大きな賞も獲ったこともあるような人だった。
今ではあまり名前を聞くことも少なくたったが、まさかこんなドラマを撮っていたとは。
「ひどいな。これはどこのお遊戯会だ」
監督が、さぞやる気のなさそうに毒づいた。
「今は可愛ければ演技なんて多少目を潰れるものなんです」
それにスタッフが、諦めてくださいと続ける。
「ま、今の日本の芸能界なんざそんなレベルなんだろうな。なんの味もない俳優が、ただいい顔して皆同じような芝居をする」
「そうですね」
なぁなぁに撮影が終わって、千遥が控室へ戻ってゆく。
そこに同行しようとしていた藤川さんを人気のない廊下で呼び止めた。
「藤川さん、すいません。この前の話聞いてしまったんですが」
「え?」
「あの社長との、千遥の仕事が少なくなっているとかなんとか……」
「え、まさか千遥も聞いてたの!?」
「はい」
「マジでっ!?うわー……」
頭を抱えて動揺する藤川さん。
しかし俺はここでそんな立ち話をするつもりで話しかけた訳ではない。
早々に核心をついた。
「で、最後の切り札ってなんですか?」
「あぁ……あれは忘れてくれ」
「どうしてですか?」
「あれは、どんなにあの子がこの先仕事がなくなっても、絶対にない選択肢だ。君も忘れて欲しい」
「俺は別にいいですけど、あいつは気になってると思いますよ」
「はぁー困ったな。昨日社長から、最後の切り札って言って渡されそうになったのは、色んなとこのスポンサーやらプロデューサーの名刺だよ」
と言われ、納得した。
ま、そんなもんじゃないかと予想していたが。
いわゆる、芸能界の裏の部分。
枕営業って奴のことだろう。