アイドルとボディガード
「なるほど」
「だから、この話は聞かなかったことにしてくれ」
「分かりました」
「あの突然、アニメのエンディングに抜擢された子いただろう」
「あぁ、あの子やってそうですね」
「だろうね。今度は映画の吹き替えの話が来たらしいよ。しかもネズミー。共演はあの大女優、大河内綾乃。試写会も一緒に同行するだろうから、これは話題になるよ」
「近いうちあいつの耳にも入りそうですね」
「あぁ、また焦りそうだな。今後売り出していくのは間違いなく、あの子だ。それが社長の狙いなんだ。社長は千遥を焦らせて、お偉い方さんに旬のアイドルを斡旋させたいんだよ」
そうすると千遥に次の仕事が入って、斡旋させた社長の株も上がる。
「あいつ今そんな話聞いたら、多分やると思いますよ」
「俺もそう思う。だからそういう芸能界の裏の部分は絶対に耳に入らないようにしなきゃ」
「まぁいずれ社長からいきそうですけどね」
「そうなんだよー」
そう言って再度頭を抱える藤川さん。
その後藤川さんから絶対に本人には内緒だよと念を押され、控室へ急いで向かって行った。
俺も、と控え室へ向かおうとした時、背後から須藤リサに声をかけられた。
「お疲れ様です」
そう言い頭を軽く下げる彼女。
俺も頭を下げて同じ言葉を返す。
すると彼女はちょっと頬を膨らませて怒ったポーズを見せる。
「桐生さん、私のこと忘れちゃった?」
「すいません、どこかでお会いしましたか?」
全く覚えがなくて、正直に返事する。
「ほら綾乃さんのパーティで……」
綾乃さんとは国民的大女優。
よくパーティーを主催するのだが、たまに俺はそこに警備として行くことがあった。
俺にとっちゃ、時給のいい単発のバイトみたいなものだ。
あそこにはたくさんの芸能関係の人が来ている。
きっと、そこで会ったのだろう。
「すいません。人の顔を覚えるのは苦手で」
「もー、今度は忘れないでよね。ねえ、今晩一緒にご飯行かない?」
「すいません、彼女を家まで送りに届けなければならないので」
「それが終わってからでもいいから」
……粘るなー。めんどくさ。
「千遥ちゃん送ったらフリーでしょ?今、それ以外には仕事させてないって聞いたよ」
「……誰から聞いたんですか?」
「あなたの元雇い主関係の人。ちょっとした付き合いがあってね」
語尾にハートがつきそうな口調で言うと意味深に微笑んだ。
「あなたと久しぶりに会いたがってたよー。早く戻って来て欲しいって」
「そうですか、俺も早くお会いしたいとお伝え下さい」
そう言って足早に彼女の元から立ち去ろうとすると、腕を捕まれた。
こんなとこで、やること随分大胆だな。
「で、ご飯は?」
「すいません、俺そんなに安くないんで」
にこっと皮肉交じりにかわす。
「一晩位遊んでくれたっていいじゃん、ケチ!」
どこまで大胆なんだ。
誰かに聞かれでもしたら、と関係ないこっちがはらはらしてしまう位。
まぁ、あの人関連で関係持ってる位だ。相当遊んでるんだろう。
噂話の一つや二つ気にしなさそうだ。
しかし、こんなとこで須藤リサに捕まったおかげで久しぶりにあの人を思い出した。
俺は、千遥に肩入れし過ぎてるんじゃないか。
本来なら、こんなところで落ちぶれていくアイドルの心配をしてる場合じゃないだろう。
早く元の仕事に戻らなくては。
俺の居場所は決してこんなとこではないのだ。
俺の求めるものはここにはないのだから。