アイドルとボディガード
それからの千遥は、それなりに仕事をこなしていた。
しかし、本調子ではなく気持ちが沈みがちなのは変わらない。
あの白い手紙は、あの一件以来更に頻繁に届くようになり内容も過激化していった。
だけどそんなことは気にしていられないといったように、千遥は今まだある仕事に没頭していた。
俺はもちろん千遥の心配もしていたが、早く元の職場に戻らなくてはという焦燥があった。正直どこかであの白い手紙の犯人が現れることを願っていた。
あるテレビ出演の出番待ち、珍しく藤川さんはいなくて俺と千遥の二人きりだった。
千遥は鏡を見ながら化粧を直していた。ふいに、千遥がポケットから携帯を取り出した瞬間、一緒にカードのようなものが落ちた。
落ちたことに気付かない千遥。
俺が拾うとそれは名刺だった。
胸が鷲掴みされるようだった。
嫌な予感がする。
俺はもうこんなアイドルには深入りしないと決めたのに。
それでも自らドロ沼に入ろうとする危なっかしいこいつがほっとけない。
「へー、お前にこんな知り合いいたんだな」
焦燥を千遥には気付かれないように、あくまで平静を装った。
「か、返して」
慌てて俺の手元の名刺をぶんどる千遥。
そんな反応をされたら、疑いは決定的なものとなってしまう。
「……ちょっとは骨のあるアイドルかと思ったんだけどな」
「な、何が?」
「こいつと寝たの?」
直球の質問にかぁっと千遥の顔が赤くなる。
「げ、芸能界なんてね、実力だけじゃどうにもならない世界なの。少しでもいい仕事もらって生き残っていかなきゃならないんだから。これでチャンスがまたもらえるなら、枕だってなんだってやってやる」
千遥は誰かに言い訳するかのようにまくしたてる。
それがまるで事後のことのように聞こえて、俺は焦りのあまりつい口調が強くなってしまった。
「そんなことはどうでもいい。やったのかって聞いてんだよ」
「……ま、まだ」
怖がらせてしまったのか、体をびくっと震わせると目線を逸らして言った。
その答えに少し安心するも、更に問い詰める。
「へぇ、お前経験あるの?」
「別にあんたに関係ないじゃない」
「そうだな、別にお前が後悔しないってんなら俺は反対しない」
「しないよ、自分で決めたんだもん。別にセックスなんて誰とやっても一緒でしょ」
そう言いながら、瞳には光るものが。
強がっておいて、本当は迷っているらしい。
「ふーん。そんな泣きそうな顔で言っても、なんも説得力ねぇぞ」
「うるさいっ、あんたには私の気持ちなんてわかんないんでしょうね。ていうか、あんたさっき反対しないって言ったじゃん」
「後悔しないなら、とも言ったが?」
そう言って、俺は千遥の手を掴んだ。