アイドルとボディガード
帰りの車内。
重い空気の中、千遥がふいに口を開いた。
「……実はあの名刺の人とは今度会う予定だった、けど、社長に言って断る」
「そうか」
ほっと胸をなでおろした。
「……あんたただのボディガードでしょ。なんでこんなに口出してくんの?」
「心配してやってんだろ、感謝しろよ」
そう言うと千遥は目を見開いて俺の顔を見る。
俺が心配することがそんなにおかしいのか?
「ううん、ありがとう」
彼女が嬉しそうに顔を染めて微笑む。
俺が気付いてないと思ってるのだろうか。
確実に千遥の気持ちは俺に傾いている。
これ以上彼女のそばにいてはいけない。
頭の中でけたたましい警鐘が鳴った。
早く、犯人を捕まえて千遥から離れなければ。
アイドルっていうだけでも御法度なのに、今の千遥に恋愛感情なんて邪魔なだけだ。
千遥には言ってないが、奴はストーカーだ。
それも相当粘着質、奴は毎日のように終始千遥の行動を追うようになっている。
でなければ、あの日街中で偶然出くわすなんてことないだろう。
しかし、最初からしつこくストーキングしていた訳ではない。
俺がバイクで迎えに行ったりなど、あからさまに一緒にいることをアピールした結果だった。そして極め付けはラブホ前でのカップル偽装。
奴は俺の思惑通り、悪質化し千遥の前に現れてくれた。
もちろんそんなやり方を藤川さんが許す訳はなかった。
以前モメたのは、こういった経緯があったからである。
しかし、もう出てきてもいい頃だろう。
あれだけ焚きつけたのだ。
どうして、こうも出てこない?
藤川さんには釘を刺されていたが、俺は次の手段に出ていた。
事務所側から送迎は必ずと言われていたが、何度か千遥を1人で帰らせているのだ。
「千遥、悪いけど、今日送れない」
「え?うん」
俺の言葉に、不振がりながらも千遥は承諾した。
帽子を深く被って外へ出たあいつを、俺は後ろからつける。
奴がチャンスとばかりに現れてくれることを願って。
狙い通り家の前まで来てやっと、奴が現れた。
「千遥ちゃん……っ」
「ひっ」
短い悲鳴をあげる千遥。すぐさま家の中に逃げ込んだ。
奴はそれを追って行こうとしたが、
残念、俺に捕まった。
「お前は……っ」
「遅ぇよ、どんだけ待たせんだ。この変態野郎」
まんまと誘いに引っかかった奴を捕まえ、警察へ送って行った。
その足で事務所へ戻る。
社長に犯人を捕まえたことを報告し、あいつのボディガードを辞めるのだ。
これでやっと元の職場に戻れる。
少し心残りはあるが、千遥のためだ。
俺なんかに頬を染めてる場合じゃない。
そして俺自身もアイドルに振り回されている場合じゃない。