アイドルとボディガード



千遥を抱き起こし、バッグをお腹の上に乗せて抱えて運んだ。

誰かに見られないように、ホテルのフロアにある非常階段に駆け込む。
長くはいられないが、とりあえず意識が戻るまでここに隠れよう。
こんな状態で、一目のつくエレベーターやフロントなど通れない。

非常階段の踊り場の壁に横たわせるようにして座らせた。

「千遥、千遥」

と、しばらく肩を揺らしながら呼びかけるとうっすら目を開けた。

「やっ」

肩にのせた手を振り払うと、千遥は頭を抱えてうずくまった。
まだ意識はあの悪夢の中にあるのか怯えている。

無理もない。
今日の出来事は強烈なトラウマとして彼女に残るだろう。

再び声をかける。

「大丈夫、俺だ。千遥、落ち着け」

「はぁっ、はぁっ」

そんな俺の声は届かず、千遥はまた泣き始めた。
すると一緒に息も荒くなっていく。

こいつが気を失った原因て、まさかこれじゃ……。
最悪の場合を想定して俺は少し焦り始めた。
ここで救急車を呼ぶ訳にはいかない。

両腕で顔を覆って下を向く千遥。
俺はその両腕を掴んだ。

「いや……っ」

ぎゅっと目を瞑り、顔を背ける。
俺は今までにない程、優しく声をかけた。

「千遥、顔をあげて。ほら俺だ、もう大丈夫だから」

「桐生……?」

おそるおそる顔あげて、涙でいっぱいの目で俺の顔を確認すると、俺の背中に両手を回し抱きついてきた。

ひたすら泣く千遥の華奢な背中をさする。しかし長くはこうしていられない。

「立てるか?」

そう言うとゆっくり立ち上がった。外に出ようとすると、そこで千遥の帽子がないことに気気付く。

「悪い、帽子忘れてきちまった。ここで待ってられるか?」

「いやだ……っ!1人にしないで」

帽子なんていらないから、と血相を変えてしがみついてくる。
しかし、今の顔を誰かに見られたらそれこそまずい。

「いいか、ぜってー顔あげんなよ」

奴は大きく頷く。
そして俺の腕に手を掴ませ、そこから連れ出した。






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