アイドルとボディガード



今日の撮影場面は、主演女優の彼氏と浮気し、遊びだけのつもりだったのが本気で好きになってしまったという場面。

彼氏役の俳優さんから始まる。
夜の並木道での撮影だった。

「俺、やっぱ、あいつが好きだから。もう君とは会えないよ」

「分かった」

「ごめん」

そう言って去っていく彼の背中に聞く。

「ねぇ、あたしのこと少しでも好きって思ってくれたことあった?」

「……ごめん」

そこで静かに監督の声がかかった。

「カット。あのさ、本気で好きになった人にそんなにあっさり聞く?もうちょっと感情入れて」

「はい、すいません。もう一度お願いします」

その後、そのシーンでしばらく撮影は止まっていた。
それは私が監督の納得のいく演技ができないから。

「カット。はぁ、君は失恋したことないの?アイドルでもあるでしょ一つや二つ位」

「すいません、もう一度……」

即答したかった。
失恋しました、しかも最近。

そうか、これは失恋だ。
最初のうちは遊びで友達の彼氏と浮気し始めて、そしたら本気で好きになっちゃって。でも相手の方こそただの遊びでしかなかったという。

視聴者には友達の彼氏と浮気していい気味だと、共感なんてされない悲しみだろうけど。

だけど、私が演じている役の子は遊びの恋ばかりで、これが生まれて初めてのまともな失恋。

生まれて初めてのまともな失恋というのは私とかぶってる。

心の中で自嘲気味に少し笑ってしまう。


桐生さん、私ね仕事中はあなたのこと考えないようにしてた。
もちろんのことだけど、考えちゃうと上の空になっちゃうから。

だけど、こんなうってつけな登場シーンなんてない。

だって私、あなたのこと考えると涙が自然と溢れてくるから。

ねぇ、

「……あたしのこと、少しでも好きって思ってくれたことあったっ?」



この子と一緒。
私も、あなたにこれが一番聞きたい。


ねぇ、少しでも、あのキスに気持ちはあった?







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