アイドルとボディガード
だめだ、こんな泣き顔でここにいられない。
ハンカチで目元を抑えて、ホテルのトイレへ向かう。
……須藤さんには申し訳ないけど、今日は帰ろう。
そう思って帰ろうとしたところを、よく見知った人に呼び止められる。
「小泉さん!」
息を切らしながら私に駆け寄ってくる。
「え……?」
思いがけない人物に声をかけられ、思わず戸惑ってしまう私。
彼は三谷浩介、テレビドラマや映画で引っ張りだこの若手俳優だ。
なんで私なんかに?
一体何の用があるっていうの。
「帰っちゃうんですか?」
「えっと……」
「あ、すいません、初めましてなのに慣れ慣れしくて。俺、三谷浩介です」
嫌味のない爽やかな笑顔。
名乗らわれずとも彼のことはよくテレビで見て知っている。
「こちらこそ、初めまして。小泉千遥です」
とりあえず、そう言って会釈する。
「良かったら、少し俺の相手してくれませんか?」
「いや……」
もう帰るんです、と言いたかったが途中で遮られてしまう。
「ちょっとこういう場苦手で……。自分が興味ある人に話しかけていく分には全然いいんですけど、色んな人に話しかけられるのは苦手なんです。疲れるっていうか」
「でも……」
「ちょっと俺を助けると思って、お願いします」
そう言って頭を下げる三谷さん。
だけど、いきなりそんなこと言われても困る。
もう会場に戻って桐生に会いたくないし。
「だったら、三谷さんも帰ったらどうですか?」
思わず本音が出てしまう。
そう言った後で後悔。
だけど、今は営業用のスマイルさえできない。
「あはは、結構はっきり言うんだね。それがさ、帰れないんだよね。正直、今日は小泉さんと話したくて来たから」
そう言って微笑む。
この笑顔に日本中の女の子はメロメロなのだ。
「ね?少しだけでいいから」
そう言ってまた頭を下げる。
私がうんと言うまで頭を上げなさそう。
「…分かりました、少しだけなら」