アイドルとボディガード



だめだ、こんな泣き顔でここにいられない。
ハンカチで目元を抑えて、ホテルのトイレへ向かう。

……須藤さんには申し訳ないけど、今日は帰ろう。

そう思って帰ろうとしたところを、よく見知った人に呼び止められる。



「小泉さん!」


息を切らしながら私に駆け寄ってくる。


「え……?」


思いがけない人物に声をかけられ、思わず戸惑ってしまう私。

彼は三谷浩介、テレビドラマや映画で引っ張りだこの若手俳優だ。

なんで私なんかに?
一体何の用があるっていうの。


「帰っちゃうんですか?」

「えっと……」

「あ、すいません、初めましてなのに慣れ慣れしくて。俺、三谷浩介です」


嫌味のない爽やかな笑顔。
名乗らわれずとも彼のことはよくテレビで見て知っている。


「こちらこそ、初めまして。小泉千遥です」


とりあえず、そう言って会釈する。


「良かったら、少し俺の相手してくれませんか?」

「いや……」


もう帰るんです、と言いたかったが途中で遮られてしまう。


「ちょっとこういう場苦手で……。自分が興味ある人に話しかけていく分には全然いいんですけど、色んな人に話しかけられるのは苦手なんです。疲れるっていうか」

「でも……」

「ちょっと俺を助けると思って、お願いします」


そう言って頭を下げる三谷さん。
だけど、いきなりそんなこと言われても困る。

もう会場に戻って桐生に会いたくないし。


「だったら、三谷さんも帰ったらどうですか?」


思わず本音が出てしまう。

そう言った後で後悔。
だけど、今は営業用のスマイルさえできない。


「あはは、結構はっきり言うんだね。それがさ、帰れないんだよね。正直、今日は小泉さんと話したくて来たから」


そう言って微笑む。
この笑顔に日本中の女の子はメロメロなのだ。


「ね?少しだけでいいから」


そう言ってまた頭を下げる。
私がうんと言うまで頭を上げなさそう。


「…分かりました、少しだけなら」


< 43 / 67 >

この作品をシェア

pagetop